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2008年9月

2008年9月29日 (月)

裁判≠民主主義(裁判員制度を考える)

 裁判員制度の実施を来年に控え、多数の模擬裁判が行われているようです。先日、ある模擬裁判の結果が、テレビ報道されていました。
 事案は忘れましたが、今までの裁判例からすると、懲役2年執行猶予3年程度の量刑が妥当な事案のようです。
 ところが、裁判員を入れた模擬裁判では、ことごとく過去の裁判例よりも重い量刑になる傾向があるとのことです。
 これに対して、模擬裁判を担当した裁判官のコメントがありました。いわく、「裁判員の多数決で決めたことであるから、これも正義である」。
 さすがに、現役裁判官が、このコメントを発するのは、問題なのではないでしょうか。そもそも、司法判断は、多数決で決めるものではありません。言い換えると、民主主義的決定方法は、用いてはならないのです。その理由は簡単です。司法とは、民主主義の過程では実現されない権利(少数者の権利)を実現するものだからです。
 つまり政治過程においては、何が正しい結論なのかは、民主主義の手続きによって決定されます。実質的討論と妥協、最終的には多数決です。このように最終的には多数決による以上、少数派の意見は、無視されてしまう可能性があります。これを救済するのが、司法権なのです。
 司法が、純理性、法原理機関であるということは、多数決原理を離れて、客観的に法の意味を探ることに他なりません。裁判官が頼りとすべきは、法(慣習法、条理も含む)のみなのです。感情論は、一切排除されます。
 極端な例を考えれば、貸金返還訴訟において、貸主(原告)が大銀行、借主(被告)が零細企業であった場合、零細企業がたとえ倒産寸前であったとしも、法に照らして、債権債務が認められれば、原告勝訴の判決が出されなければならないのです。大銀行は金持ちであるのに対して、被告は貧窮しているから、貸金の返還は認められない(原告敗訴)のような結論は、絶対に認められないのです。

 この理は刑事裁判も同じです。被告人が貧窮しているから、かわいそうなので執行猶予とか、法廷の態度が生意気だから実刑などの判断は、絶対に許されないのです。
 従って、裁判員は、理性に従って、感情論抜きに、判断しなければならないのです。
 例えば、通り魔殺人で、死者が10人に及ぶような場合であっても、責任無能力と判断されるのであれば、無罪判決を出さなければなりません。被害者の感情を配慮して、責任能力を認めるなどということは、司法判断では有り得ないのです。いくら、裁判員の多数が、有罪と言い張っても、責任能力が欠ける以上、無罪なのです。
 もし、これを有罪にしたいのであれば、法改正をすべきであって、それはまさに、政治部門の仕事です。刑法39条を廃止すればよいだけのことです。大きな議論が生じるでしょうが、最後は多数決で決定することが許されます。

 ところで、裁判員制度の模擬裁判の事例を見ると、なぜ余りにも特殊な事例ばかりなのでしょうか。それと、犯罪事実の部分では争いがない事案ばかりである点も問題です。
 陪審制度で争われるのは、事実の有無です。裁判員制度の模擬裁判も事実認定にフォーカスして、行う必要があります。例えばアリバイ認定などです。
 例えば、冤罪事件として有名な甲山事件をモデルに、事実認定に特化した事案で模擬裁判を行った場合、どのような裁判員の結論が出るのか、実験してみる必要があります。もし、有罪判断ばかりであれば、裁判員制度は、即座に見直しが必要と考えます。

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2008年9月21日 (日)

利益衡量を考える(名古屋地裁労災判決)

 今回は、裁判例を題材に利益衡量論を考えてみたいと思います。題材となる裁判例は、こちらです。
http://www.nikkei.co.jp/news/shakai/20080917AT1G1603E16092008.htm

 この裁判例は、業務でトラック運転中の社員が、偶然、交通事故に遭遇し、その救助活動を始めたところ、後続車にはねられ死亡したというものです。
 半田労働基準監督署は、労災認定を否定したため、遺族が、名古屋地方裁判所に提訴していたものです。
 裁判所の判断は、労基署の認定を覆して、労災と認定しました(原告勝訴)。それでは、この判断は、正しいといえるのでしょうか。

 まず、判旨では、
「運送事業者のテキストでも救助協力は奨励されており、長距離の自動車運転を業務とする労働者が業務を行う上で当然する行為だ」
と判断しております。
 ここで問題となるのが、この判旨の射程です。
  「長距離の自動車運転を業務とする労働者」という表現、及び「運送事業者のテキストでも救助協力は奨励されて」いることから、この判旨が及ぶ範囲は、労災被害者が職業ドライバーの場合に限られると解することが、素直といえます。
 従って、営業回りで自動車運転中の社員であった場合は、直ちに、この裁判例の趣旨が適用される訳ではなく、別途法的判断が必要となると解されます。
 

 次に、利益衡量という点から、考えてみたいと思います。労働基準監督署の判断と、裁判所の判断が分かれたように、今回の事件の場合、形式的には、業務中とも言えるし、業務外とも言えます。直感的に考えると、救助活動は、業務外と解する方が、素直と思えます。それゆえ、裁判所は、判旨の中で、業務中と認定するための理論構成を展開しているわけです。そうすると、裁判所の判断の深層には、労災被害者救済という価値判断が働いていることになります。この価値判断こそが、利益衡量論なのですが、それを、きちんと理論構成で説明することが、司法的判断になるのです。
 つまり、価値判断として、「善意で救助活動したにもかかわらず、労災適用しないのでは、被害者がかわいそうである」と考えても、そのようなことは、一切表に出さず、淡々と理論構成で説明することが、司法的判断なのです。
 仕事柄、民法の講義することがあるのですが、利益衡量というと、深層部分の価値判断を、そのまま出してしまう受講生の方が、多数います。これは、裸の利益衡量論といって、法的判断には値しません。弱者救済とか、被害者救済を正面から述べるのは、政治部門の仕事です。司法の仕事には、純理性、法原理機関性が求められます。歌舞伎役者のように、針小棒大、大袈裟な演技は不要なのです。司法とは、能楽なのです。静の中に動があるのです。被害者救済という情に満ちた価値判断があるとしても、決してそれを外に出さず、あくまでも、単に法解釈の結果として、そうなっただけというのが、司法なのです。

  

 

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2008年9月17日 (水)

疑わしいときは役所(企業)の不利益に

 今回は、話題を少し変えて、汚染米事件について、書きたいと思います。
 案の定といいますが、管轄官庁(農林水産省大阪農政事務所)の元消費流通課長が、三笠フーズから、2回にわたって接待を受けていた事実が判明しました。
 農水省のコメントでは、「接待により、便宜を図ったことはない」と強調しています。しかしこれは、明らかに論点失当です。問題は、接待を受けたこと自体にあるのです。
 つまり、接待を受けること自体が、行政活動の公正に対する国民の信頼を失墜させることになるのです。例えば、裁判官が原告側から接待を受け、原告勝訴の場合と、全く同じです。仮に、裁判官としては、接待とは無関係に純粋に法的見地から原告勝訴の判決を言い渡したとしても、一体誰がこれを、公正な裁判というでしょうか。
 仕事側、企業コンプライアンスに関わることがあります。法令順守は当たり前であって、従業員の皆様も、十分にコンプライアンス知識と意識はお持ちです。改めて研修会などする必要はないかとも思えます。
 しかし、意外に浸透していないルールがあります。
 それは、「実際に正しいだけではなく、正しく見えること」です。
 言い換えますと、「李下に冠を正さず」「瓜田に履(くつ)を入れず」です。 要は、「他人から疑われるようなことをするな」ということです。
 具体例をあげると、社員が営業上の交際費を立替えで支出し、その領収書を会社に回す場合です。このケースで、お店側が気を利かせて、金額未記入の白紙領収書を発行したとします。社員が実際に支払った金額を自分で補充して会社に請求することは、法的になんら問題がありません。正しい行為です(お店から白地部分の補充権が授与されているため)。しかし、白紙領収書の金額を自分で補充することは、金額水増しの疑いを持たれてしまいます。従って、そもそも白紙領収書を受領すること自体が、コンプライアンス違反と考えるべきなのです。
 結局、コンプライアンス的には、「疑わしいときは企業の不利益に」と考えるべきなのです。
 これは、官庁も同じです。それどころか、官庁だからこそ、より見た目の公正さが求められます。
 今回の接待問題は、「疑わしいときは役所の不利益に」解することが、コンプライアンス上、当然のことと言えます。
 いつも思うのですが、役所というところは、「自分に優しく、他人に厳しく」が顕著過ぎます。冤罪事件で捜査資料(無罪の証拠)を紛失していたことが判明するなどは、言語道断のことです。 
 そこで、金融庁に申し上げたい。
 日本版SOX法は、まず全官公庁に適用してから、民間企業に適用せよ。

 

 

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2008年9月14日 (日)

手続違反は証拠能力なし(露力士大麻陽性反応問題)

 パワーリフター、ベンチプレッサーを問わず、競技会に参加すれば、ドーピング検査の可能性があります。その手順は、JADAが定めています。

http://www.anti-doping.or.jp/check/check01.html

 さて、今回の露鵬、白露山のケースですが、この手順に則っていない疑いが濃厚です。特に、手順5「採尿カップの選択」、手順7「サンプルキットの選択」、手順8「尿検体の分割/封印」の手順が適正に行われたのか、非常に疑問です。今回の事件は、両力士の提訴により、司法へと議論の場を移すことになりまが、この手順違反問題につき、協会側がどのような反論をするのか、非常に興味のあるところです。
 仮に、裁判の中で、手順違反が明らかになったのであれば、それだけ今回の件は解決です。手順違反だけで、今回の検査結果は、証拠能力を欠くことになります。証拠能力を欠く以上、その検査結果に基づいた一切の処分は無効と解すべきことになります。刑事事件であっても同様です。例えば覚せい剤自己使用罪について、違法に収集(例えば無令状で)された尿から覚せい剤反応が検出されたとしても、無罪となります(違法収集証拠排除法則)。
 もちろん、いささかでも違法があれば、無罪となるわけではありません。重大な違法の場合に限られます。しかし、今回の大麻検査は、JADAが定める手順に従っていない点で、重大な違法と考えられます。覚せい剤の強制採尿で考えれば(刑事訴訟法218条参照)、医師が尿採取しないで、警察官が採尿してしまったようなものです。
 今回の事件を題材にするにあたって、初回(2008年9月7日付)、「疑わしいときは被告人の利益に」とタイトルを付しました。しかし、ここに至って、検査手順に疑問がある以上、もはや、両力士が疑わしいとさえ言えません。
 9/8発売の週刊ポストに、国際武道大学の教授のコメントがありました。曰く、大麻陽性反応が出るのは、10日以内の吸引の場合とのことです。
 教授は、このことから、両力士は、若ノ鵬事件発覚後も、平然と吸引していたと考えられるから、両力士はトンでもない人物であるとの結論を導いています。
 しかし、仮に両力士に、大麻吸引習慣があったとしても、若ノ鵬事件が発覚したからこそ、それ以降は、吸引を控えたと考えるのが合理的です。
 

 今後、両力士が提起した裁判の行方を、しっかりと見守りたいと思います。

 

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2008年9月12日 (金)

減量の影響(MAXダウン)

 連日更新ですが、今日は、ペンチプレスの話題です。
 次の大会で、東京都記録更新を目指すのですが、その大会日程が、11月下旬に迫って参りました。当初の予定では、75kg級出場の予定でしたが、減量が順調に進み、現在72KGジャストとなっております。この減量の調子であれば、67.5kg級への出場も射程に入って来ました。67.5kg級の記録(トータル410kg)であれば、現在の練習時の記録で、十分にまかなえそうです(BP130kg、SQ125kg、DL160kg、計415kg)。11月の大会で東京都記録が取れれば、階級を75kgにアップして、2階級制覇を目指す予定です。
 後は、減量の成否次第です。試合前の数日で2kgはMAX重量を落とすことなく、減量できると思われますので、今後2ヶ月で、差分の2.5kgをいかに落ちしてゆくかです。
 このところ減量で、ついに、ベンチプレスのMAXに影響が出てきました。足上げ130kgが、120kg強にまで落ちてしまいました。筋力はあるものの、減量・減食のため、力が出て来ない感じです。メインセットにこの傾向が顕著で、4レップス目あたりで、息切れしてしまいます。
 今後は、食事量を戻して、有酸素系を増やすべきか悩むところです。現在5kmのランニングを行っていますが(毎時13.5km)、これを毎時12.5kmで10kmにすれば、体重の落ちは早くなると思われます。ただ、今より30分トレーニング時間を増やすのは、かなり体力的にきついところです。減量競技の厳しさを実感します。ボクシングのように、前日検量ですと、かなり助かるのですが。

 

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2008年9月11日 (木)

コメント有り難うございます

 コメント投稿された皆様、拙いブログに、ご投稿有り難うございます。頂いたコメントはブログにアップしておりますので、ご確認下さい。

 また、ご自身のブログにリンクまで張って下さった投稿者の方もいらっしゃいます。そのブログの中で、露力士大麻陽性反応問題につき、私の見解を好評価していただいておりますので、下記に、その掲示板をご紹介致します。
 http://254.teacup.com/sigemoto/bbs

 今後も拙いブログではありますが、ご訪問いただけることを、心よりお待ち申し上げております。

                                  管理人

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2008年9月 9日 (火)

これが冤罪の典型例(ロスで吸った・露力士大麻陽性問題)

 露力士大麻陽性問題に関する新聞報道によると、9月2日の簡易検査で陽性反応が出た直後、再発防止委員会の複数委員に対して、両力士がロス巡業(本年6月)中に、「知人の黒人歌手からもらった大麻を吸った。」と供述したとのことです。
 これだけを聞くとやはり、黒かと思いますが、これが、冤罪事件の典型的証言です。そもそも、根本的な問題として、この証言には、まったく証拠能力がありません。刑事訴訟法でいうところの伝聞証拠です。
 刑事訴訟法を抜きにしても、この手の証言が、もっとも怪しい証言であることは、日常生活でも体験するはずです。例えば、自分の発言が誤解されて伝わっていたことなどは、良く有るケースです。すなわち、発言の一部だけを切り出して、悪意に満ちた伝達をされる場合があります。
 具体的には、このようなケースです。「人種差別はいけないことである。しかし、世間にはいまだに、黒人は劣った人種である主張して、黒人差別を正当化する人達がいる。これは許しがたいことである。」。 
 この文章の、一部分「黒人は劣った人種である」だけを、ことさらに取り出して、発言者は人種差別的発言をしたと批判することが、不当であることは、言うまでもありません。

 翻って今回の、露力士の発言を考えます。
 まず、親方には秘密にするからとの利益誘導で、発言を引き出している点で、刑事訴訟的には、完全にアウトですが、その部分はひとまず置くとしても、発言内容が正確に伝わっているのか非常に疑問です。 
 おそらく両力士は次のように発言したものと思われます。
 「大麻陽性が出たとは驚きである。全く身に覚えのない話である。ただ、ロス巡業中に、黒人歌手の自宅で行われたパーティーに出席した。今思えば、多くの出席者が妙な臭いのする煙草を吸っていたので、もしかすると、それが大麻で、そのときに、煙草であると思って、一口吸ったものが、実は大麻だったのかも知れない。あるいは、副流煙として、摂取されてしまったのかも知れない。」
 日本人であれば、吸ったか吸わないかの微妙な表現を日本語で表現することも可能でしょう。しかし、両力士は、ロシア人です。両力士とも、日本語が上手に聞こえますが、やはり微妙は言い回しは、日本語では難しいと思われます。
 このように考えてみると、今回の新聞報道に関しては、大きな疑問を抱かざるを得ません。一体どのような状況で、この発言があったのか、発言の一言一句正しいのか、これらを、きちんと検証するのが、マスコミの仕事ではないでしょうか。

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2008年9月 8日 (月)

基準値高すぎ(露力士大麻陽性問題)

 近時、まれではありますが、昨日(9/7)に引き続き、連日更新です。それくらい、今回の件に関しては、問題を感じております。

 マスコミ報道によれば、大麻自己使用判定基準値に対して、露鵬は5倍、白露山は10倍の数値が出たとのことです。
 もし、この数値が正しければ、あまりにも高数値ではないかと考えられます。基準値の10倍ともなれば、仮に毎日、習慣的に吸引していたのでなければ、有り得ない数値ではないでしょうか。そうであれば、大麻吸引の事実は、どこかで発覚するはずです。
 刑事裁判において、証人の供述や、自白の信用性を判断するポイントとして、どうでもいいような、つまらない部分が、客観的事実と合致するかがあります。例えば、殺人事件の被疑者が犯行後、被害者宅でテレビを見ていたとします。被疑者は、その見ていたテレビが白黒放送であったと供述しています。このご時世に白黒放送など有りえないので、捜査官がその点を追及しても、被疑者は頑として、白黒放送であったことを言い張ります。ところが、良く調べてみると、たまたまその日は、放送局の設備不良で、白黒放送であった事実が判明します。このような場合、殺人を自白した被疑者にとっては、テレビ放送が白黒かカラーかは、どうでもいいことです。それにもかかわらず、白黒放送であったことに固執することは、その供述の客観的真実性を表すものといえます。逆に、真実白黒放送であったにもかかわらず、カラー放送であったと供述しているような場合は、捜査官の誘導による自白の可能性が濃厚になります。つまり、捜査官としては、被疑者が犯行現場にいたことを調書上、裁判官に印象付けたいため、犯行後、犯行現場でテレビを見たかのような供述を捏造しているのです。
 今回の大麻吸引疑惑に関しても、客観的事実と妙に符合しない点が多く感じられます。若ノ鵬の事件があれだけ問題となれば、仮に両力士が大麻常習者であっても、それ以降(8月下旬頃)からは、大麻吸引するはずがありません。それにもかかわらず、基準値の5倍、10倍の異常に高い数値が出るのはなぜなのでしょうか。基準値ぎりぎりの方が、経験則に合致するというものです。つまり、8月下旬からは、禁煙(禁大麻)したが、精密な尿検査でばれてしまったということです。これであれば、納得です。
 若ノ鵬の釈放後会見についても、両力士の無実を強く裏付けるものと考えられます。自身の罪を素直に認めている若ノ鵬にしてみれば、いまさら、嘘をついてまで、陽性反応の出た両力士を庇う必要はないはずです。むしろその表情からは、なぜ露鵬、白露山に嫌疑がかかっているのか、素直に疑問を感じている意識がうかがわれます。

 以上検討して来ましたように、今回の事件は、露鵬、白露山とも、無実である可能性が極めて高いと思われます。むしろ、異常なまでの高数値からすると、何者かが、両力士の食事に、大麻樹脂をひそかに混入させたのではないかとの疑念さえ生じます。
 「疑わしい場合は、被告人の利益に」どころか、今回の事件は、捏造された冤罪の疑いが濃厚とすら考えます。 この件は、引き続き、コメントを発して行きたいと思います。

 

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2008年9月 7日 (日)

疑わしいときは被告人の利益に

 タイトルの標語は、刑事裁判の鉄則で、法律関係者以外の方もご存知のものと思います。今回の相撲協会内の大麻騒動を見ていると、あらためてこの鉄則の重要性を感じます。世論と称されるものが、マスコミ報道に、いとも簡単に流されている状況を見ていると、裁判員制度の恐ろしさを想像せざるを得ません。
 今回の騒動は、露鵬と白露山の尿から、大麻陽性反応が出たことによるものです。そこで、まず気になるのが、他の力士の検査結果はどうなのかです。若ノ鵬の事件が、端緒になったことから、もし、ロシア人力士にフォーカスして、抜き打ち検査をしたのであれば、検査手続きの適法性が問題です。それに、鎮痛剤等、他の薬物の影響がありうるのかどうかを検討する必要もあります。従って、全力士につき、抜き打ち検査を実施することが、当然です。もしそれが無理であれば、無作為抽出によるべきことになります。ロシア人力士で、しかも、実の兄弟と言う点に、検査自体の不公正を感じざるを得ません。
 次に、仮に大麻陽性反応が、真実、大麻に基づくものであったにしても、それが直ちに大麻自己使用を意味しないことに注意が必要です。大麻は、煙草の薬理作用しかなく、むしろ健康面では、煙草の方が人体に有害なため、大麻合法な国も存在する程です。そうすると、例えば、飲食店(夜系)で他の無関係な客が、こっそりと、大麻を吸引していた場合に、その副流煙にさらされた可能性もあります。兄弟であれば、そのような店に同席していた可能性は高いといえます。
 さらに大麻成分吸引後、陽性反応が出るのは、何日間までなのかについても、不明です。仮に、1週間とすれば、その1週間内の両力士の行動を洗い出せば、白黒はっきりするはずです。陽性反応期間が公表されていない点も、疑問を感じます。
 また、大麻は煙草と同程度か、それより人体への有害性が低いのですから、そもそも、喫煙習慣のない人間が大麻を吸引できるとは思えません。この点に関する調査報道が欠けています。もし、露鵬と白露の両力士のいずれも喫煙習慣がなければ、大麻吸引も有り得ないことの有力な間接証拠になりえます。このご時世、アスリートで喫煙習慣ある人間はプロ野球選手くらいでしょうから、大相撲力士には、喫煙習慣はないと考えるのが合理的です。そして、喫煙者か否かは、歯石検査で判明するのですから、両力士も、歯石検査を実施して、歯石から大麻成分が検出されるかどうか、あらためて検査してみてはどうかと考えます。もし、歯石からは何ら大麻成分が検出されなければ、副流煙によるものということになります。

 アスリートの立場で考えると、喫煙は百害あって一利なしです。大麻を吸引したところで、競技にプラスの影響を与えるものではありません。あれだけ強く両力士が否定しているのですから、大麻自己使用は、行っていないのではないでしょうか。どこかのクラブなりで、副流煙にさらされたと考えるのが合理的ではないかと思います。
 マスコミもこれだけ騒ぐのであれば、ためしに、マスコミ関係者を対象に大麻検査を行い、どうのような結果が出るか実践してみるべきです。それによって、今回の大麻検査の精度がわかりますし、どのような場合に副流煙吸引の反応が出てしまうのかについても、わかるはずです。調査報道こそ、マスコミの使命ではないのでしょうか。

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