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2010年7月19日 (月)

公平かつ公正な判定(公正なら公平)

 本日は、某パワーリフティング大会の審判員を勤めて参りました。これまでは、電光式の判定表示でしたが、今回は初めて白旗赤旗判定を体験することとなりました。
 正直申し上げれば、やはり旗方式は問題ありと言えます。他の審判員の判定が事前にわかってしまいます。もちろん、出来る限り他の審判員自体を視界に入れないように判定しているのですが、偶然目に入ってしまうこともあります。
 もちろん、事前に自分の内心で決定した判定を変更することはありません。ただ、判定が一致していることがわかるだけで、安心感は得られます。
 ただ、やはり、公正な判定という趣旨からは、絶対に他の審判員の判定がわからないよう、徹底した対策が求められと思われます。
 このように、初めて旗判定を行ったことで、改めて、公正な判定というものを考えてみましたところ、ある誤りに気が付きました。それは「公平かつ公正」という考え方です(「公正かつ公平」でも同じです。
 そもそも、公平とはどういうことなのか。公正とはどういうことなのかについて、種目間の休憩時間に考えてみました。
 公正とは、「客観的なルールに客観的にあてはめて、判定出来ていること」と考えて良いかと思います。これに対して、公平とは「同じ試技なら同じ判定」と表現出来ます。
 そこで、両者の関係について検討しますと、公正ならば、必ず公平であることに気づきました。つまり、公正に判定しているならば、どのような試技に対しても、同じルールと、同じあてはめ基準が適用されるのですから、結果は、必ず一致します。
 例えば、スクワットの深さについて、自身の判定基準を設けて、それをどの競技者にも当てはめるなら、公平な結果が得られます。
 これに対して、公平であっても不公正なことは有り得ます。例えば、記録が出やすいように、事前に審判員達で、反ルールブック的な判定基準を設けることです。ベンチプレスで言えば、お尻の浮きは、全てOKとするような場合です。
 この場合、お尻が浮いてもOKという不公正なルールが、公平に適用されることになります。よって、「公平だが不公正」な判定が生じることになるのです。
 そうすると、「公平かつ公正な判定」という表現は、理論的には誤った表現であることになります。「公正は判定」を行えば、それは常に公平だからです。
 もっとも、先に指摘したように、「公平だが不公正な判定」は有り得ます。そうすると、そのような判定でない趣旨を明確にするために、「公平かつ公正」という表現を用いることは許されても良いのではないかと思います。
 日常用語でも、「必ず必要」とか、「馬から落馬」、「射程距離」という表現が、必ずしも間違い表現ではない形で、受け入れられていることと同様に解しても、宜しいのではないかと思われます。
 本日は、以上です。

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