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2010年9月17日 (金)

押尾事件の法律構成不明なり

 押尾事件の判決が出ました。救命可能性については、私が本ブログで指摘した通り、合理的な疑いを超えることが出来ないと認定されました。
 問題は、救命出来ないのに、なぜ保護義務があるのかです。助からない命を助けることは不可能です。法は不可能を要求しないのですから、救命出来ない以上、そもそも保護する義務が発生しないはずです。
 この判決の趣旨は、、「救命の可能性が全く無かった訳ではない」ということなのでしょうか。
 しかし、「疑問があるときは、被告人の利益に」(注)の原則からすれば、十中八、九救命が可能ではない以上、「救命出来なかった」と認定することになります。
 さらには、仮にそのような趣旨であるとしても、それならば、心臓マッサージや人工呼吸を施したことを、救命行為と認定して、保護義務を果たしたことになるはずです。
 無期懲役は、冤罪の吹き溜まりと言われます。凶悪事件であっても、真犯人であるとの確信が持てないため、死刑を躊躇するからです。
 本件も、同じような思考が働いたものと思われます。すなわち、明確に保護責任者遺棄致死は問えないので、ワンランク落として、致死を不問とし、保護責任者遺棄罪に留めたと思われるのです。
 今回の結果で、裁判員制度が、人民裁判であるとこが明らかになりました。この先、我が国の閉塞感は、ますます強まって行くことになるでしょう。
 本日は、以上です。

 (注)これまで、本ブログでは、「疑わしい時は被告人の利益に」を用いて来ました。
    しかし、原義の正しい訳としては「疑問のあるとき」が適切であることから、
    以後、本ブログでは、「疑問のある場合は被告人の利益に」と表現致します。

 

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